移住してから、この小さな街で芸術祭が増えており、
県内でも芸術家や地域協力隊の移住者による催しが次々と立ち上がっている。
昨年の秋、詩の会のメンバーが日本海側を南下しながら各地の芸術祭を巡り、
宮崎・椎葉村の秘境の芸術祭に滞在していたと話してくれた。
どうやらそれは芸術だけでなく、郷土と結びついた祭祀のようなものらしい。
私の知る都市型の芸術祭とは、少し趣が違いそうだ。
メンバーもいくつかの芸術祭で展示するとのことで興味が湧いた。
一年共に詩の会を続けながら、彼らの活動をあまり知らなかったから。
その一人が踊りで出演する、ほど近いお寺で行われるという芸術祭へ足を運ぶことに。
今回はその記録として、写真も交えて記しておきたい。
会場は山奥にある西明寺というお寺、
長らく人の手が入っていなかったという。
駐車場から傾斜のある山道を登っていくと、
風化しているが丁寧に積まれた石垣がいくつもあった。

送迎車もあったが歩いてよかった、
文化の名残を感じながら息を切らして黙々と登っていく。
到着して目に入った御堂とうつろいゆく紅葉に、
はっと息を呑んだ。ぽつぽつと人も集まっている。

同時に主催の一人である山本閑象さんの、静かでどこか厳かな造形物が出迎えてくれた。
山本さんは陶造形、自然物によるブリコラージュアートをされている地元の芸術家の方なのだそう。

開演までの間、森に溶け込むような山本さんの作品を探しながら散策。




大分は竹と原木椎茸の名産地で、
そうした背景もあり里山では原生林というよりは、
竹林や杉、クヌギ林が多いという特徴がある。
森を歩くと椎茸のほだ場をよく見かける。
しかしこのお寺は「鎮守の杜」として原生林がそのまま残された稀有な場所だった。

大きなシイの木達に、守られるように囲まれた御堂。
長い間大切にされてきた場所だったのだろう、あの石垣がそれを予感させていた。

タカサゴジイ(爺)の実
すっかり森の探索に夢中になり、気づけば牧野史和くんの踊りが始まっていた。

_始まっていたというより朝からずっと森の中で、
まるで木のように佇んでいたらしい。
牧野くんは民俗学者 折口信夫が提唱する「まれびと」という概念を身体を通して探求しながら、踊り、茶農家、民泊など様々な活動をしている。
まれびと
常世(他界)から訪れ、人々を祝福する霊的な存在
祖霊やなまはげのような来訪神なのだという。

ほとんど自然に還ろうとしている境内で、
静かに一足ずつ、時間の累積を身に宿し、
まるで何かを降ろしたような空気を纏っていた
それは踊りというより想像していたまれびとそのもので、
木のように自然と一つになっているようだった。
休憩を挟んで、御堂では写真家・藤田洋三さんによる解説が始まる。

藤田さんは仙人のような一際存在感のある方だった。
生まれ育ったこの地域の歴史をフィルムカメラで独自に捉え続けており、
社会への反骨とユーモアを交えながら語られた。
昔の建築構造、消えゆく農具と扱い方、
誰も意味を知らない古い石像、村の外れにある梵字など…
その時間はまるで寺子屋のようで、一部の人しか知り得ないような地域の生きた民俗学だ。

足るを知り、これらを子ども達に繋げていくべきだと締めくくられた。
この街にもこれほどにも厚みのある、どこか奇妙な歴史が流れていたのだ。
すっかり陽が落ち、厳かな森の気配が増してきた頃にお開きとなった。
この芸術祭は二年目とのこと。

芸術祭といえば現代美術を思い浮かべていたけれど、
むしろ民藝に近い感覚だった。
地元で長く活動されている芸術家や土地の記憶、
そこに子供たちの遊びが重なれば、
それは暮らしの中で静かに息づいてゆくのかもしれない

後日談_
「開いたものは、閉じにゃならん。」
と、藤田さんは熊本から知人の尺八奏者を呼び、
関係者だけで閉じの儀が行われたという。